21世紀マンションが生まれるまで


1950年代は県営住宅は風呂場があっても浴槽はなかったそうだ。入居者が木製の風呂桶を購入し、据えつける。引っ越すときは、その風呂桶を運び出してリヤカーに積み、そのなかに細々した台所用具などを放り込む。そういう暮らし方である。初期の公団賃貸も木の風呂桶だったから、似たような生活だろう。
いまの若い方々には、風呂桶を据えつけるといってもピンとこないかもしれない。コンクリ-トで覆われた風呂場に木製の風呂桶を運び込んで、ポンと置く。その風呂桶は風呂釜つきで、風呂釜内にガスバーナーがセットされていた。このガスバーナーを風呂場にあるガス管と接続するのである。そして、ガスバーナーに点火し、風呂釜を温める。風呂釜は浴槽とっながっており、風呂釜で温められた湯が浴槽に行き、代わりに浴槽の冷たい水が風呂釜に入る。それが温められて浴槽に戻る。そのような循環で風呂が沸く仕組みだ。風呂が沸いたら、ガスバーナーの栓を絞り、種火だけにする。お湯が冷めてきたら、再びガス栓を開いて加熱する。風呂場で裸火を使うわけだから、換気は確保されなければいけない。そのため、昔の公営賃貸の風呂場は、窓つきになるのが当たり前で、換気口も大きかった。だから、冬は凍えるように寒かったのである。

アパート

当然のようにシャワーはなく、体を洗うお湯は湯船から汲んで使った。湯船のお湯が減るので、随時水を足して加熱した。手桶数杯の湯を得るために、浴槽全体の湯を加熱していたのだから、エネルギー効率も非常に悪かったのである。風呂桶の一部には湯船から離れた湯溜まりがあり、ブタで閉じられていた。これが「上がり湯」というもので、最後に使った。以上のような風呂の入り方は、1960年代まで当たり前の方法。ちなみにいうと、便所も汲み取り式が多かった。だが、これらは1970年代に入って廃れ、いまは年配者でなければ覚えていないだろう。その端境期にあたる1970年ごろから分譲マンションが広まり始め、日本の悪らしを変えていったのである。

目の前を通りすぎていった1億円!

私が初めて取材したのは、東京のお酒落な街・六本木のワンルームマンション。ワンルームというのは、風呂・洗面所・トイレが一ヵ所に集められ、小さなキッチンがついた一部屋。部屋の広さは6畳ほどでそこにベッドが置かれて、食う・塩るが同じ場所となる。つまり、ホテルのシングルルームのような住宅である。
そのワンルームマンションが1戸600万円で売られた。当時の分譲マンションは3LDKが大部分で、広いため値段が高かった。都心部だと3000万円以上が当たり前だった。いまから考えるとずいぶん安いのだが、大卒の初任給が皿万円程度で、住宅ローンの金利が7パーセント以上は当然という時代なので、3000万円のマンションは高嶺の花だった。

マンション

それに比べて600万円は安いと思い、私は取材しただけでなく、自分でも買おうとした。せま
といっても貯金はなかったので、親から借りて、である。が、父親に「そんな狭いマンション買って、どうするんだ」と一蹴され、買うことはできなかった。
600万円のワンルームマンションは1990年代のバブル期、中古で1億円まで値上がりした。「あのとき、買っておけば〜」である。600万円で買って1億円で売れば、差し引き9400万円。仲介手数料を払っても9000万円が手に入る。税金を引いても5000万円ほどは残ったはずだ。当時の私は「ほぞカミカミ」状態だったのである。
しかしながら、5000万円をつかみ損ねたのは、あながち悪いことではなかった。というのも、もし5000万円儲けたら、それを元手にさらに儲けようと考えたはずだからだ。5000万円を頭金にして銀行からお金を借り、もっと値段の商いマンションや土地を買う。それを数ヵ月後に売って、さらに儲けるという「不動産コロガシ」である。

コロガシを繰り返すと、最後に売れない物件をつかんでしまうというのが世の常。それは恐ろしく値段が尚いものになっており、結果的に仮額の銀行ローンだけが残る。事実、そうして行方不明になっていった知り合いも少なくない。分譲マンション、不動産にはそういう恐ろしさがある。
金儲けの道に入り扱れた私は、いまも不動産に投盗をする気がない。「自分には縁がない」と思い定めているからだ。そのおかげで、邪心なくマンションを見続けてくることができた。
バブルで浮くことも沈むこともなく、コッコッと取材をして原稿をまとめるという仕事を続け、1984年からは仕郭を住宅の取材に絞り込むようになった。
以来、25年。取材対象の大部分が分譲マンションだった。現在、私は年間に300件近いマンション、建売住宅、中古住宅を見ている。首都圏だけでなく、大阪、名占屋、福岡、札幌……全国の住宅を年に300件近く見続け、それが25年にも及べば、鈍い私の頭でもさすがにわかってくることがある。わかったことのなかで、もっとも大きい事実lそれは「21世紀のマンションと20世紀のマンションは違う」ということだ。
その違いを一言でいうと、「20世紀で基礎をつくりあげたマンションは、21世紀に飛躍し始めた」となる。有り体にいえば、21世紀のマンションはぶつ飛んでいるのである。

 


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